「選手の心をつかむ、若手を強化」:吉村強化委員長方針を語る

 yoshimura

2月25日、全日本柔道連盟に吉村和郎強化委員長を訪ね、選手の強化の方法、最近の柔道の問題や課題について話を伺った。吉村委員長(59歳)は、現役時代は71kg級の選手として世界選手権第3位(1973年)、パリ国際優勝(1979年)などと活躍したが、最近はもっぱら日本柔道界におけるトップの指導者としてナショナル・チームの強化・育成で多くの実績を上げてきた。古賀稔彦や吉田秀彦などの著名な選手を育てたのも吉村氏で、指導者としての手腕には定評がある。
同氏の言動には時に荒々しいところもあるが、選手たちに対する細やかな心遣いから、指導を受ける生徒や選手からの信頼や信望には高いものがある。                              (文責:小川郷太郎)

 

(吉村先生の指導を受ける選手たちからは、先生への信望が厚い。風貌はちょっとこわそうですが、女子選手も先生を信頼しています。指導のコツなどを教えてください。)

 
へえ、そうですか・・・。私は男子のコーチを12年つとめ、その後アトランタ・オリンピック終了時から女子のヘッドコーチを任されました。  自分がいつも気にかけているのは、選手の性格を把握することです。選手は試合や練習で行き詰ることも多く、誰にも悩みがある。そうした悩みなどについての情報を得ることが大事なのです。怪我をしたとき、治療やマッサージをしてやりながら選手と話す。しかし、本人が悩みをなかなか明かさないことがある。そういう時にはその選手のまわりの同僚や友達とプライベートに話したり遊んだりする機会に情報を得ることもある。そうして得た選手の悩みなどを念頭において練習で指導すると、選手は、先生は自分をよく見てくれていると感じて、お互いの信頼関係につながると思う。
人間は誰にも個人差がある。怒ることで効く者もあれば、おだてた方がいい選手もいる。男と女でも当然違う。男は怒られることによって奮い立つ者が多い。女子は容易に涙を流すことがあり、それによって判断を間違えることもある。男子はグループで行動することが多いが女子は2,3人ぐらいに分かれて行動したりする。女性の場合、えこひいきは禁物だ。女子の場合には分け隔てなくまんべんなく声をかけるようにしているが、むしろ恵まれた状況にはない者に優先的に声をかけてやる。

(選手強化委員長として活動されてきましたが、どのような成果がありましたか。また、現在の課題やロンドンに向けた見通しはいかがですか。)

 
最近まで、若手選手がベテランをなかなか抜けないできていた。それがロッテルダム世界選手権での敗北に繋がったのだと考えて、若手選手をもっと抜擢して意識を変えて鍛える方針に切り替えた。北京オリンピック以後、どのように選手を育成するかという観点からコーチを若返らせることにした。選手の感情をつかむことのできる年齢のコーチをということで、一般に取りざたされていた者より若い篠原を男子の監督に任命した。篠原は厳しいところがあるがその後の選手に対してのフォローが上手い。女子の監督も若手の園田を起用した。篠原はロッテルダムでは実績を挙げられずマスコミから「篠原ではだめだ」と叩かれたが、勝負は必ず勝ちと負けがあるし、運もある。篠原には徹底して指導させた。その成果が昨年の東京での世界選手権の好成績の一因でもあるかと思う。
若手起用の方向への脱皮が起こりつつある中で、ロンドンに向けてその集大成を図っていきたい。  
女子は良い成績を挙げてきていたが、最近57kg級の松本や63kg級の上野などの有力選手が外国人選手に研究されて成績がちょっと頭打ちになりつつあるのを心配している。70kg級や78kg級も非常に厳しい状況だ。

 

(それをどう克服していきますか。)

   
研究されてきたらそれを乗り越える一段上の技術を身につけさせる必要がある。たとえば、中村美里には足技だけでなく、足からつなげる技を習熟させたい。松本薫は寝技で相手の下にもぐって返してとってきたが、これも研究されてきているので、さらに一段上の寝技を考えていかなければならない。  
もう一つは若手選手を国際試合により多く出させたい。ランキング制度のもとでは、点数の少ない選手はできるだけ国際試合に出させ、勝ち負けをあまり考えずに「テストマッチ」として自分の良い所を出させたい。細かい柔道ではなく、大きな柔道を身につけさせたい。点数の十分な選手においては、全日本として国内中心で合宿させることも心がける。
照準は世界選手権とオリンピックである。

 

(強化委員長の立場から、現在の国際試合の運営やあり方、また、試合ルールについてどう感じていますか。)


まず、国際柔道連盟(IJF)に言いたいことは、審判の問題がある。審判委員長らが主審に指示する度合いが強すぎることだ。審判は審判委員長の意向を気にして自ら行う判定に躊躇してしまう。その背景に、必要な技量を備えていない審判員が多いことがある。五大陸から審判員を任命するので、審判の質が一様でない。例えば、「場外」について指導をとったり、とらなかったりする場合があるが、統一すべきである。ルール変更で組み手は良くなったが、組み方の細かい部分で知識が十分でないと、組み手によっては脇固めで相手の腕を痛めたりもするので、審判へのより徹底した講習が欠かせないと思う。
ルールが頻繁に変わりすぎることも問題である。頻繁な変更では新しいルールを選手や審判に徹底できない。変更は4年に一度ぐらいであるべきだ。
さらに、国際試合が多すぎることも問題である。ランキングポイントを獲得するためには試合への出場を余儀なくされる。世界選手権も毎年開催になったが、個人的には2年に1回が適当であろうと思う。  
こうした問題点についてはIJF理事会や、アスリート委員会で日本側から指摘しているが、非常に厳しいのが現状である。

 

(日本柔道界では上村会長が最近よく柔道の「原点」への復帰や「本物」の柔道の実践を口にしている。日本柔道界として柔道の発展にどのように活動していくべきか。)


 先般ドイツに行った際、ジュニアやカデの交流について話し合った。韓国とも交流を行っている。今後は、子供同士を国際的に交流させることが最も重要な課題である。それによって柔道界で多文化を学ぶことができる。
柔道では相手を敬うこと、相手を相互に称え合うことなどが重要だ。こういうことを通じて、中学生ぐらいから正しい柔道を学ぶことが可能になろうし、各国での柔道人口を増やすことにもつながる。
合宿の際にも選手に常々礼法を指導しているが、なかなか浸透していかない。しかし、日本が率先してやらないと流れを作れない。

 

(そういう面で、国際的連携をすべきではないですか。)

 
それは重要で、例えば上村会長と各国会長との間でも話をしているが、まだ十分浸透していない。常に問題意識を持って協議していくことで柔道の発展に繋がると思う。