小川郷太郎の「日本と世界」

 

国際柔道連盟の新しい規則:いくつかの疑問点

 

 国際柔道連盟(IJF)はリオ・オリンピックに向けて試験的に適用される新しい規則を発表した。日本人は当然大きな関心を持っている。何人かの柔道の友人たちと意見交換をしたが、私の見解を述べてみたい。以下には日本の柔道専門家の意見も反映されてはいるが、基本的に私の個人的な見解である。

1.部分的な改定
 まず、提示された変更は簡潔なもので、今日の柔道が抱える幅広い重要な課題全体に対応していないように思える。新しいルールに改善点は見られるが、これだけでヴィゼール会長の言う「これまでよりずっと見栄えのする魅力的な柔道」の実現に充分か疑問も感じる。魅力的な柔道実現のためには考慮すべき他の重要な課題もある。

2.より幅広い民主的な議論を
 これまで、私は各国・地域の柔道連盟、審判員、選手、指導者等関係者に大きな影響と与える重要な問題についてのIJFの決定方法について疑問を感じてきた。IJFは今回のルール改正に関するの説明の中で、改定に至った「長い手続き」に触れているが、私にはこれら関係者が広く協議を受けたようには見えない。IJFは近年執行委員会を中心にしたきわめて効率的な決定過程や決定事項の迅速な適用方法を採用してきた。しかし、選手やコーチのような最も影響を受ける人たちが充分意見を表明することなしに物事が決められ、これらの重要関係者は即時適用を受け入れざるを得ない状況に置かれてきた。私は、日本でも海外でもこれら関係者の不満を何度か聞いてきた。多少時間はかかっても、より幅広い民主的な議論が必要であろう。一つの考えとして、新しい規則適用の前に、大きな国際大会などの機会を利用して何度かシンポジウムなどを開催し関係者の意見を聞くことがある。

3.国際試合の運営システムの問題
 私はあえて今回の改定が簡潔であると述べた。現行の国際大会運営システムの改善についても議論してほしいと思っているからだ。それは、多くの選手や指導者が、現在のランキング制度のもとで頻繁過ぎる国際大会に出場することを余儀なくされるため、適切な練習のリズムや怪我の十分な治療ができなくて苦しんでいるからだ。スポーツ委員会は彼らの声を充分聞いたであろうか。現行の制度が選手たちに過大な負担にならないよう検討する余地があるのではないか。

4.体重別階級数の削減
 柔道がよりダイナミックで魅力なものにするため、私はかねてより現在7つある体重別階級の数を減らすべきだと考えている。とはいっても現実的な立場から、体重別階級を一挙に廃止して無差別にすることを主張するものではない。例えば、1階級の体重幅を20キロから25キロぐらいにすることも考えられる。日本で行われている無差別大会の経験からすれば、「小よく大を制す」ことは十分可能である。相撲では133キロの横綱が212キロの力士を簡単に負かすこともしばしばである。体重幅の拡大をすれば、それに従って体重の重い相手を倒す技術を発展させることになるし、そうなった方が柔道の魅力は増大する。この問題についても議論する価値がある。

5.組み手の重要性と「指導」
 ロンドンでは指導や旗判定が多すぎて、見ている者は柔道が面白くないと感じた。IJFはこの点を考慮して、柔道をより魅力的にするためルールを修正した。この点で改善点は見られる。例えば、一本の評価をより厳格にすることや旗判定の廃止、指導3回までは相手にポイントを与えないことなどがある。美しい柔道実現のために組み方が極めて重要であることは論をまたない。二人の選手を互いにしっかり組ませようとするルールを作ることが大事である。そのためにアイディアを探求する余地はまだあると思う。この関連で、審判の仕方も極めて重要だ。しかし留意すべきは、審判が組ませようとしてあまり過早に、また頻繁に試合を止めて指導を与えると、選手たちは焦って結果的にしっかり組む余裕がなくなる可能性もある。しっかり組ませるにはそのための時間を与えることも必要だ。

6.審判員と審判委員(ジュリー)の問題
 ロンドンの反省をもとに審判方法を修正したIJFの努力を評価する。審判委員(ジュリー)の権限を縮小することは正しい方向で、それは世界の大多数の柔道家や観客が望んでいることである。しかし、改定された新しい規則にはまだ重要な曖昧さが残っていて、ジュリーが過剰な関与をする余地が残っている。すなわち、IJFの説明では、ジュリーは必要なときのみ、例外的に関与すると書いてある。誰がその必要性や例外性を判断するのか。当然ジュリーだろうが、ジュリーの権限縮小という見地からのさらなる工夫が必要である。

7.抑込み時間の短縮
 抑込みの時間が短くなる。それによって、寝技でポイントをとることが容易になる。だから寝技をもっと練習するようになると評価する意見もある。しかし、私は他の側面を考える。それは今回の改定で、抑込みの価値がさがる結果にもなりうることで、この観点からは一本の評価を厳しくして価値を高める動きとは逆ともいえる。やや緩い抑込みでもポイントを稼げるようになると、抑込みをしっかりさせるための技術を深めることや抑込みから逃れる努力に水をかけかねない。今回の改定の目的には疑問もが残る。

8.礼節
 試合の初めにしっかり礼をさせるための今度の改定は一歩前進であるが、試合の後の礼節という重要な点が抜け落ちている。最近の状況を見ると、むしろ試合後の礼儀の欠如が著しい。勝った者が派手なガッツポーズをしたり、敗者がしばしば畳の上に寝そべって審判の指示があっても起き上がらないのは実に見苦しい。相手への敬意に欠ける行為であるが、改定規則ではこのことに触れていない。