小川郷太郎の「日本と世界」

柔道大家の歩んだ道と思想

yamashita  fukuda

最近相次いで柔道に関する二つの新刊本を読んだ。一つは、山下泰裕氏の「背負い続ける力」(新潮新書)で、もう一つは、サンフランシスコに在住され現在99歳の福田敬子先生へのインタビューをまとめた「つよく やさしく うつくしく」(小学館)である。
山下先生は世界中によく知られているが、福田先生は知る人ぞ知る、柔道の創始者嘉納治五郎師範の直接の指導を受け、アメリカに渡って今日まで彼の地で柔道指導に携わっておられる女性の大柔道家である。
柔道の大家が直接自分の経歴や考えを多くの人の前で語ることはあまり多くない。山下先生は多くの講演をこなされているが、今回の著書では少年時代から今日までの道のりを包括的、具体的に、そして、とても率直に語っておられる。小さい時から期待を背負い、一生を通じて、日本を背負い、家族を背負い、「柔道」というものを背負い、教育を背負い、そして世界を背負い続けてきた先生の思想や人柄が滲み出ていて興味深い。柔道の第一人者である山下先生の行動の背景には、「教育」への情熱も強く感じられる。私は、山下氏が推進するNPO「柔道教育ソリダリティー」の活動をお手伝いさせていただいていることから、大きな目標に向かって誠実、かつ真摯に努力を続ける氏の姿勢に感銘を受けているが、この本を読むと、あらためて謙虚ながら広い視野を備えた先生の「器」を感じることができる。
福田先生は、大正2年(1913年)生まれで、嘉納師範に勧められて22歳で講道館に入門し、師範から直接指導を受け、師範の勧めで40歳の時渡米、一時日本に戻っていたが53歳で再び渡米された。長い海外生活のため日本ではそれほど知られていないかもしれないが、一貫してアメリカを中心に海外で柔道を指導してこられた。99歳になられても柔道衣を着て指導にあたる。講道館9段、アメリカ柔道連盟からは10段を授与されている。福田先生を知る筑波大学大学院の山口香准教授は、福田先生を「(嘉納)師範を崇拝し、師範の残した言葉をバイブルのようにして今も生活している」と評している。この本は、アメリカ在住のため我々が普段その形骸に接することのない福田先生を直接インタビューしたもので、先生から直接お話しを聞いているような錯覚を覚えるくらい臨場感がある。嘉納師範との出会いやその後の師範とのやりとりもとても興味深い。
お二人とも人生を実に真面目に生きてこられたが、共通するのは、柔道創始者である嘉納師範の教えを心に刻み、「自他共栄」の思想を一貫して実践してきている点である。昨今、ともすれば勝ち負けやメダル数に傾斜しがちな日本の柔道界であるが、柔道の原点に立つ二人の大柔道家の心の内を知るうえで好個の新刊である。

                     (小川郷太郎  2012年6月記)