小川郷太郎の「日本と世界」

これからの世界と日本を考える

 

1.40年にわたる私の外交官生活のうち、海外勤務は8か国で合計23年。はじめに、その感想を述べたい。
(1)世界は実に面白いということ。それぞれの国に異なる歴史、文化、考え方があり、政治や社会の仕組みが違うからで、その違いは他国の生き方や国のあり方に参考となる。旧ソ連では、盗聴・検閲などで人間を監視する体制や信じられないほど非効率な計画経済での生活体験から、悪しき政治経済体制がもたらす国民への影響を学んだ。フランスやデンマークでは、個性や自立心を持つことの意義、男女協働の家庭生活、高負担・高福祉がもたらす国民の幸福感などを知った。カンボジアでは想像を超える貧困の実態を目の当たりにして、援助や援助手法の重要性を日常的に実感した。フィリピン、韓国、ハワイでは、日本が関わった戦争や植民地統治の被害者側の心情を心に深く刻み込んだ。これらはこれからの日本を考えるのにとても参考となる
(2)日本と海外を行き来して自然と「宇宙から日本を見る」姿勢が身についた。そのような気持ちで眺めると、世界はどんどん変わっている、そのなかで日本はなかなか変わらないが、他の国にはない素晴らしい特性を持っていることがわかった。
(3)各国各地の現場を見て歩くと、メディアや政治が語ることはしばしば部分的で一方的であることに気付く。報道や政治家の主張だけでは全体像が歪められていることが多い。現場に行って見ることが重要だ。
(4)「渡る世界は鬼ばかり」というか、国際関係には弱肉強食的側面もある。しかし、当然だが人間の心はどこの国でも同じだ。戦争や抑圧のもとの被害者や相手の立場に立って外交を考える必要もあると感じた。外交に「ユマニスム(人間性の尊重)」があれば、国際関係は今より良くなろう。

2.世界の潮流
国内外の大きな流れを掴むことが重要だ。近年の世界には次のような潮流が見られる。
(1)経済的相互依存関係の深化と拡大が加速。日本と中国との経済関係、日本と途上国の間の食糧、資源、貿易・投資関係等に見られるように、相互依存関係も広く深く、かつ、加速している。こうした状況を考えると、特定の個別農産物などについて自給率拡大を目指して過度に注力することより、世界的視野から多品目の食糧等の安定的調達関係を構築することが重要だと思う。
(2)アジアには多様性とダイナミズムがあり、依然として世界の成長センターである。ASEANは地域共同体に向かって着々前進している。この動きをどう活用して行くかが重要。
(3)中国の台頭が続く。覇権を目指す国家の意志が明確だ。経済・社会に問題を抱えているが、全体として当分成長の持続性も維持されよう。
(4)軍事の比重が増大傾向にある。紛争や国際テロの拡大などもあり、武器貿易も増大している。中国の台頭や特定国の核開発の脅威などもあり、新たな軍拡競争の兆しもある。アジアでは安全保障環境の緊張が継続している。

3.日本の現況や国際的な位置付けを巨視的に見てみよう。
(1)人口減少、少子高齢化で社会保障体制が危機にあるが、対応がとられていない。
(2)世界の変化にかかわらず、日本では内向き、視野狭窄、過剰防御姿勢が顕著だ。政治は党利党略の行動を続け、マスコミは国内の事件等へ過度の時間を割いて報道する。日本人海外留学生数はかなり減少、企業はリスク回避で海外市場で他国に後れを取るなど、あらゆるレベルでこの現象が見られる。
(3)政治の不作為は大きな問題だ。例えば、社会保障体制の危機に対応するため増税は
不可欠であることを知りながら今日まで実行が延ばされた。一票の格差のため最高裁が最
初に違憲判決を出したのは1976年だが、今日まで抜本的な定数是正はない。安倍内閣
の政治姿勢には戸惑いも覚えるが、政治主導が見られるのは称賛に値する。
(4)「変われない日本」という現象。多くの改革が唱えられ、長い時間をかけて審議され
てきた。幾多の有識者会議が設置され報告書が提出され、政府は「抜本的」改革を約束し
てきたが、改革は殆ど店晒しされた。例えば、行政能率を上げるため1968年に佐藤内
閣が国民総背番号制実現を目指したが頓挫。その後も繰り返し議論がなされながら、まだ
実現できない。東大が秋入学実施を発表したのは一昨年だと記憶するが、それも「どうし
て今頃?」というほど遅いの。しかもその後の議論でまた実現が遅延している。
変化に対応できない日本の地盤が沈下しつつある。
(5)他方で、日本は世界中の国々から尊敬されている。経済だけでなく、いろいろな意味で「大国」だと見なされている。その理由は次に述べる日本の特質にある。ただ、日本と中国や韓国との間では過去の歴史をめぐって継続的に摩擦が生じるので、慰安婦問題や靖国問題について米国など第三国から注目されて、日本に疑念が向けられることもある。
(6)日本が関心を持たれ世界中から好かれるのは、「日本ブランド」ともいうべき比類なき特色があるからだ。具体的には、非軍事・平和的な外交(国連の場などで継続的に核廃絶や軍縮を訴える姿勢、イラクへの自衛隊派遣でも一発の銃弾も発射することなく民生の復興支援に邁進)、ODA(相手国と相談しながら真のニーズに合う援助を世界的規模で展開してきた日本的なアプローチと実績)、様々な分野での高い科学技術力、文化力(能や歌舞伎等の古典芸能、浮世絵や工芸品などの美術、音楽・アニメ・ファッションなどの若者文化、和食や柔道等の生活文化やスポーツなど、これほど幅広い分野で世界を惹きつける文化を持つ国は他に例がない)、人間的資質(東日本大震災で世界から賞賛された日本人の態度、高い技術を持ち工期や納期を守る誠実さで評価の高い日本人ビジネスマンなど)がある。これらを通じて、日本という国や国民の徳性が高く評価されていることを知ってほしい。
(7)資源、食糧などで我が国の対外依存度は高い。生産活動や貿易・投資におけるサプライチェーンや国の安全保障等でも多くの国に依存していることも意識すべきだ。

4.世界の流れや日本が置かれた状況を踏まえ、我々はどうしたらよいか。
(1)日本はこれまで多くの危機を克服した経験がある。石油危機やプラザ合意を乗り切って日本経済の体質は一層強くなった。「失われた20年」やリーマンショックも克服しつつある。原発事故や社会保障体制の危機への対応も加速していく必要がある。
(2)日本が進むべき方向は世界との調和の中で成長・発展や国益増強を図る以外の選択肢はない。とくに、近隣国との相互理解と協調増進に注力するべきだ。
(3)国内的には社会保障体制の再構築が喫緊の課題であるが、政治指導者が早急に「中負担・中福祉」の方向で国民合意を形成し、そのための税制改革をさらに進めるべきだ。少子高齢化対策として各種の「移民」を受入れ、さらに高齢者・女性の労働市場参入増大策をとるべきだ。これは、国民の所得や消費を増やし国の税収改善にも役立つ重要な社会経済政策だ。国を開くことも不可欠の施策である。外国人技術者・労働者の一層の活用は経済を活性化させるのに役立つ。TPPなどを成立させれば日本の経済力を世界でさらに発揮させることが可能になる。40年ものコメ保護政策は日本の農業競争力を弱め、耕作放棄地を増大させる結果を招いた。様々な政策を迅速に実施するために、国会改革も必要だ。現状は議員数が多いことが派閥活動にもつながっていることも否定できない。議員定数を削減し審議の合理化を図り、政治を効率化しなければならない。
(4)日本にとっての最も喫緊の外交課題は中国とどう向き合うかである。対決か協調かの一方に偏らず、様々な政策を組み合わせることが肝要だ。とどまることのない中国軍事力の増強に対し、まず安全保障体制をさらに整備すべきだ。我が国も防衛力を一定の範囲で整備・強化することも必要ではあるが、軍拡競争は必然的にエスカレートする。日本は財政的にも大幅な防衛力増強は不可能だ。防衛力と外交の適度なバランスが必要で、現状では外交力強化により大きな力を注ぐべきである。まず日米同盟を一層強固にしたうえで、中国をも念頭に置いた多角的な軍縮外交の展開や中国との対話の雰囲気醸成に努力することが重要だ。
現在困難を抱えている日中韓の関係を再構築することにも全力を挙げるべきである。そのためは摩擦要因の緩和・除去が必要であるが、日本自身が取り組むべき最大の課題は、歴史問題の克服だ。時間はかかるが、日中戦争や朝鮮半島の植民地政策についての近現代史を国民全体があらためて学び直し、被害者側の立場にも立った考察を試みることだ。過去の歴史について国論が統一されていないことが問題だが、1995年の「村山談話」を基本にした国民的な認識形成ができれば、近隣国との心理的摩擦の除去に大いに役立つはずだ。短期間の解決が困難な中国と韓国との領土問題については、凍結または国際司法裁判所(ICJ)付託に向けて粘り強く交渉することが望ましい。
日中韓の摩擦要因緩和の努力をしつつ、共同体形成に向かって進むアセアン諸国と提携して「東アジア共同体」構築へ向けた外交を積極的に進めるべきだ。世界の成長センターであるこの地域の安定は日本の発展にとっても不可欠の要素である。
平和外交をあらためて再活性化する努力も必要だ。安倍総理は「積極的平和主義」を唱道しているが、その中身を詰めるべきだ。PKOのような活動も重要だが、核軍縮、武器管理、紛争地域への経済支援を含めた和平プロセスへの関与等を主導的に進めることがある。さらには安保理常任理事国となって、日本が平和外交を引っ張ることを目指したい。
私はかねてより、国際貢献を目指した新しい「国際協力費」予算の創設を主張している。これは、ピーク時から半減されてしまったODA予算を発展的に解消するもので、その使途は、「日本ブランド」である平和外交、人的交流、ODA、科学技術、文化交流に向けられる。人的交流の対象には青少年、有識者、ジャーナリストも含まれ、相互に相手の国の実情を正確に知って理解を増進することが目的だ。大規模に、かつ、毎年継続的に実施する。広い分野での文化交流は日本に対する世界の好感度を一層高め、外交的にも裨益する。財政赤字の状況ではあるが、予算規模は当面GDPの0.5%を目指す。防衛費の2分の1であるが、国の重要な戦略として考えるべきだ。
(5)世界や日本の新しい状況のなかで、個人の生き方や社会のありかたを見直すことも大切だ。デンマークで目の当たりにした男女協働、定時退社、家庭重視の生き方は、そのまま導入できないとしても、これからの日本にとっても参考になる。原発事故を経験した日本はさらに省エネ生活のあり方を追求することも必要だ。日本にない生き方や考え方を知るために海外体験、異文化交流は有効である。海外では、自立心と個性を持った国民が多い。長寿国の日本人の生き方にとって示唆に富むところがある。

5.むすび
(1)急速に変化する世界のなかで、日本社会の対応は遅い。「今まで通りのやり方」でなく、発想の転換、創意工夫、リスクをとる姿勢が極めて重要だ。個人のレベルでも、職場でも、社会全体としても、オリンピックが東京で開かれる2020年を当面の目標にして、「変えていく」ことを目指してはどうか。
(2)世界を見ることが重要で、世界を旅行し人と交わって、世界との繋がりの大事さを知ることもお勧めしたい。