小川郷太郎の「日本と世界」

日本柔道界は変わりそうか 

本誌は前号で日本柔道界の危機について詳細な特集をした。日本柔道界の現在の沈滞を招いた要因に光を当てた編集陣に敬意を表したい。それに付け加えることは多くないが、その後の数週間の展開について触れたい。暴力問題と助成金問題のそれぞれについて事実調査と評価・勧告をするための第三者委員会が設置されたが、前者の委員会は3月中旬に組織改革や選手強化の方法の改善等についての勧告を含む報告書を上村会長に提出した。全柔連はやむなく新たな委員会を設置して改革策の検討を始めた。しかし、その作業は緩慢で、本質的問題より技術的問題を議論し、また例によって外部の人材も少ないように見える。4月末に、第2の委員会が厳しい内容の中間報告を上村会長に提出した。この報告は連盟の管理能力の欠如を指摘し、上村氏自身をも助成金不正使用の責任者として名指ししている。この委員会は近く最終報告書を提出する予定である。4月26日の記者会見で上村会長は、6月に予定されている次回理事会で自分の進退を考えたい旨表明した。これを上村氏の辞任と受けとめている新聞もあるが、私の見るところ、状況はこのままでは持たないとしても何も確定してはいないのだ。
客観的には、日本柔道界は前例のない深刻な危機にあり、場合によっては重要な歴史的変化が起きる可能性もある。柔道界の現状に対する一般の不満や怒りは極めて強く、これらは最近の一連の不祥事に対してだけでなく、柔道界の管理方法全体に及んでいる。世論の殆どが現執行部の退陣を望んでいる。しかし、5月現在、率直に言って事態がどう展開するかは不明である。私見では、全柔連の諸問題の中でも最大のものは、その閉鎖的体質にある。理事会には女性役員も柔道界外部の人材も一人もいない。執行部は一握りの上村氏の友人で構成されている。彼らは過去に立派な柔道の実績は残しているが、時代の流れを感じる力に欠けている。この執行部にとっては、危機の深刻さを理解し、適切な対処策を策定し、柔道指導における暴力を予防し、国際柔道の新しい流れに明確な対案を提示することによって効果的に対応することが困難というより不可能にも思われる。今日の日本柔道界の問題を解決するためには新しい発想が不可欠であることは明白だ。そのためには、多様な分野の人材を糾合する必要がある。
それはともかく、4月現在、畳の上での柔道は通常通り進行している。4月29日の全日本選手権では引退表明をしたばかりの28歳の穴井が優勝をもぎ取り、20歳で学生の原沢が決勝に進出した。75キロの形部が110キロの桶谷を退けた後、100キロの小林を綺麗な小外刈で一本勝ちした。穴井(100キロ)は準決勝で、石井(135キロ)に対し僅か14秒で見事な体落で一本をとった。その1週間前の全日本女子選手権(皇后杯)は、57キロから119キロに至る36人の選手で争われ、緒方亜香里が優勝した。35試合中、20試合が一本勝ちで決まった。4月28日に講道館で行われた第64回全国高段者大会には全国から1400人が参加したが、80歳以上の選手も含まれている。私も出場した。4月14日には、「スポーツひのまるキッズ」と呼ばれる小学生の大きな年次大会が開かれた。これは、柔道を愛するある企業家が主催する大会で数百人の生徒が参加したが、この大会の特色は、試合をする子供の両親と指導者が畳の前に一緒に座って、両方の子供が試合で礼をする際に、親と指導者も互いに礼をし合うのである。柔道教育の本質にかかる象徴的行為である。日本柔道界が柔道の持つ教育的価値を忘れてはいないことを示す事実でもある。私は現在の柔道界の指導者に対し、こう言いたい。「視野を拡げ、柔道界全体のために閉鎖的世界から脱却し実質的な転換を図ってほしい。それは上村さん、あなたにかかっている」と。