小川郷太郎の「日本と世界」

上村体制は「アンシアン・レジーム」になるか

本誌が前2号で日本柔道界の危機について抱いている強い関心に印象付けられた。事態を深く分析すると変化は不可避であることがわかる。それなのに、最初の不祥事が明るみに出てから5カ月たった夏の初めの時点で、全柔連の危機の結末はまだ明らかでない。それが現時点で言える最小限のことである。
事実を振り返ってみよう。去る2月、全柔連における一連の不祥事が明らかになった。それらは、全日本女子チームの園田監督による選手への暴力事件、全柔連のメンバーたちによる公的補助金の不適切な使用、理事による女子選手へのセクハラ事件である。暴力問題と資金の不適切使用に関する二つの第三者委員会が設置され、調査をし、勧告を出すことになった。前者の暴力問題に関して、全柔連は報告を聞いて再発防止策をとる旨表明したが、この事件は柔道の枠を超えて国会でも取り上げられ、安倍晋三首相はこの事件を遺憾とし、全柔連を批判するに至った。しかし、この状況は必ずしも上村春樹会長を動揺させなかったようだ。上村氏は、組織の改革努力を継続する意思を表明。つまり、上村発言の行間を読むと、それ以前に示唆していた辞任の意に反し、会長を辞めないことを意味するのだ。それだけでなく、数週間前、上村氏はビゼールIJF会長に東京に来てもらい、同会長をして記者会見で上村支持を表明せしめたのだ。その際、ビゼール会長は自身がIJF会長に再選された暁には上村氏を引続きIJF理事に任命することまで言ってのけたのである。ビゼールの上村支持は、日本の世論を当惑させた。
 6月21日、資金の不適正使用に関する委員会の最終報告書が提出されたが、6年間で合計でおよそ28万ユーロに相当する資金が27人に対し不適正に支給されたことが明らかにされた。この報告でも上村氏は主要な責任者の一人として指摘されたのである。一方、公益財団法人を監督する政府の委員会は、この問題に対する上村執行部の責任感のない態度を厳しく批判し、期限をつけて一連の質問への回答を迫ったが、それはあたかも糾弾のような内容であった。メデイァ、世論、そして政府も強く上村氏を批判する結果になったのである。7月末までに辞任を期待する者もいた。6月24日、上村会長はあらためて記者会見を開き、すでに開始した改革努力が目的を達したら辞任する旨言明したが、本人の口から「辞任」の言葉が出たのはこれが初めてであった。翌日、評議員の何名かは即時辞任を要求した。しかし、上村氏は本当に辞任するのか?事態は依然として全く不明である。彼は時間を稼ごうとしているのか、そうであれば何のために?もし数週間または2、3か月後に辞任するとしたら、執行部全体が変わるのだろうか?誰が後継者になるのか?疑問は尽きないが、答えになるカギはほとんど見えない。
 私が望むことは、何かが変わるのであれば、誰がというより上村体制に見られる閉鎖性が変わるべきだという点だ。全柔連は会長のもとで柔道以外に格別の経験のない数人の会長の友人たちによって運営されている。彼らの視野は狭い。おそらく危機の広がりを十分推し量ることができないのか、対応に手こずっている。適切な解決策を見つけて、それを日本の柔道という観点から時を失わずに実施することができないでいる。上村氏は改革を加速すると言っているのは事実だ。しかし、いくつかの小規模の改革策を表明したものの、これまでにやっていることはどちらかというと現体制の維持のように見える。彼らの限界が見えている。日本柔道界は国民の信頼を失いつつある。危機は深刻で、抜本的措置が必要である。読者は日本柔道の危機を特集し前々号の記事の末尾の結論部分で「(嘉納師範が創立した)柔道は革命的であった。柔道は今もそうあるべきだ。」との指摘を読まれたかもしれないが、それは正鵠を得ている。日本柔道が現在の混迷から抜け出すには革命が必要なのである。新しい発想、能力のある男女の人材、柔道界以外からの才能のある人物などが不可欠だ。上村体制が「アンシアン・レジーム(旧体制)」になって初めて日本柔道の再生がはじまる。