小川郷太郎の「日本と世界」

ようやく日本柔道再生の希望が

8月22日、ついに、全日本柔道連盟の執行部が全員交代した。新しい会長には巨大企業の経営者である宗岡正二氏が就任した。これにより、前号で私が「アンシアン・レジーム(旧体制)」と呼んだ上村体制が終焉したのである。世論から厳しい批判を受け管理能力の深刻な欠如を糾弾されたため、上村春樹氏のチームに総辞職以外の選択はなかった。それでは宗岡新会長とはどんな人物か。先ず指摘したいのは、伝統的に閉鎖的であった柔道界に初めて外部から会長が就任したことである。宗岡氏は世界的な製鉄企業である新日鉄住金の会長である。同氏は上村前会長と違って世界選手権やオリンピックでメダルを獲ったことはないが、柔道経験者である。私とは約45年ほど前に東大柔道部で一緒に稽古をした仲間であるが、寝技が強かった。同氏は、経験豊かな企業人として、大きな組織を運営するための国際的視野を備えている。就任後すぐに自分の周りに人材を据えた。前体制では決定過程から遠ざけられていた山下泰裕氏を副会長に据えた。山下氏は新会長を支援する役割を担う。それだけではない。全柔連では初めてであるが、複数の女性役員が就任した。すなわち、オリンピック・メダリストである田辺陽子、北田典子、谷亮子理事などのほか、山口香氏が監事に任命された。注目すべきことは、これまで老練の男性柔道家たちで理事ポストを半ば独占してきた仕組みが破られたことであり、この意味で新体制には開かれた考え方があることを示している。就任直後の記者会見で、宗岡氏は日本柔道界に必要な改革を進める強い決意を表明、さらに嘉納師範が唱えた柔道の基本原則を守ること、柔道の本質を中心に考えていくことを強調した。宗岡会長のこのような考え方は、世論からも歓迎された。柔道やスポーツついてはまだ問題は多く残っているが、私は、新会長就任は良い兆候を示すものだと考える。
もちろん、まだ宗岡体制は緒についたばかりだ。あまりにも長い間硬直的な組織のもとで運営されてきた全柔連は、日本柔道の復活のための意欲的で不可欠な改革を成し遂げるためには相当脱皮しなければならない。宗岡氏は既存の特権を維持しようとして改革に反対する保守的な勢力とも戦わなければならないが、組織を開放して長い間放置されてきた数多くの宿年の問題を解決しなければならない。課題は多岐にわたり、かつ複雑でもあるので簡単にはいかない。現在の連盟には専門家や優秀な職員も不足している。
では何を優先的に進めるべきか。最近、私は多くの有識者や柔道家、あるいは柔道に関心を持つ人々にこの点について聞いてみた。これらの方々が重要と考える課題は次の5点に集約できる。
1.新会長の周囲に、柔道界内外の専門家や有能な男女の人材を集めること。
2.理事会や評議員会を再編し、年次、性別、出身大学や所属とは関係なく自由に議論できるようにすること。組織の戦略、財政、国際関係、広報の各部門に経験を有する男女の人材を補充して強化すること。柔道のイメージの改善にも努めなくてはならない。柔道は時代と共に生きる必要があるからである。
3.全柔連と講道館の関係の再検討。
4.柔道の価値に関する教育を強化すること。例えば、フランスにおける柔道の価値の周知方法も参考になる。
5.ルールの変更、国際試合の運営方法、IJFとの関係緊密化及び他国の連盟との連携などを含め、国際的活動に積極的に参画すること。

改革の道は長く、かつ厳しいものになろう。しかし、私は宗岡会長の開かれた考え方と改革遂行への決意に大いに期待する。日本は変わらなければならないのである。