小川郷太郎の「日本と世界」

震災と柔道

                       

3月11日の地震は、わが国の歴史でも最大のものだった。地震が起きた時、私は東京のアメリカ大使館の前にいた。揺れは私の体全体を振動させたが、こんな揺れは生まれて初めてだった。見上げると、アメリカ大使館の建物もその近くの高層ビルも約15分にわたり、ゆっくり揺れているのが見えた。通りを隔てた建物の窓ガラスがいくつか割れて地上に落ちた。木や植木もかなり激しく揺れていた。

しばらくすると、巨大な津波が東京から北へ200キロ以上離れた海岸の町や村を全壊させた。この原稿を書いている時点では、何千人もの人が死亡し、また行方不明になっているだけでなく、火災によってさらに被害や犠牲者の数が増大している。やっと家にたどり着いてテレビを見ると、皆さんもご覧になった通りの信じられないような破壊の光景を目にした。

私が書いている時点(3月16日)でも余震は続いている。震災後起きた原子力発電所の事故は、大きな脅威をはらんでいる。しかし、指摘したいことは、この悲痛な出来事はあっても、震災をまぬかれた日本の多くの地域では生活は平常であり、東京でさえ、若干の異論はあるかもしれないが、何とか生活が成り立っているのである。

実はこのコラムを書くために、私は日本で合宿していたフランス女子柔道チームの練習を見に行く予定であったし、また韓国経由で来日するフランス男子チームの練習も見るつもりだった。しかし、在日外国人の中でもいち早く日本を脱出した多くのフランス人と同様、女子チームも直ちに離日した。この悲劇的な状況の中で、そのこと自体は理解できる。実際、我々を結び付けている柔道の活動も、その後テンポがゆっくりしたものになった。講道館と全柔連は暫くの間練習や公式行事を取りやめた。私が通う警察の道場も暫時使えなくなった。

非常に多くの人々が震災で家族や友人を失った。その中で、私は、世界中から日本国民に寄せられたお見舞いや支援にとても大きな感銘を受けた。その中には多くのフランス人はじめ外国の柔道家の友人が含まれている。私はそうした人々に心より深く感謝している。

震災の話はこのくらいにして、柔道のことに話題を転じたい。最近著名な柔道家である岡野功師範と柔道について話す機会があった。先生は、古参の柔道の覇者であったが、その後は全柔連とは離れて独自に本来の柔道の道を追及しておられる。先生は、柔道衣の「ゆとり」、技の伝統、礼節などについて語ったが、先生の柔道の本質を突くメッセージには力があり、傾聴に値する。因みにこの最後の礼節について、岡野先生は、昨年の東京での世界選手権の無差別級決勝でリネール選手が旗判定で負けたのを不服として礼をしなかったことを厳しく批判している(先生とのインタビュー記事は、www.judo-voj.com をご参照願いたい)。誰でも守るべき相手への敬意や礼儀の象徴でもある礼について、この大柔道家である岡野先生も非常に重視していることが窺える。私自身、もちろん礼節を重視しているが、先生がこの点をあえて強調されたことで、改めて考えさせられた。