小川郷太郎の「日本と世界」

第30回教育講演会 「駿河湾から世界へ、そして日本」

                            

第30回教育講演会は、外務省参与の小川郷太郎氏(79期)を講師に招き、5月13日静岡市民文化会館大ホールで開催された。生徒・保護者・教職員ら約1,100人を前に、小川氏は「駿河湾から世界へ、そして日本」と題し、外務省での豊富な経験を踏まえ、国際的な視野の必要性を熱心に語った。

小川郷太郎氏略歴  
79期。1968年 東京大学法学部卒業 外務省入省  フランス、フィリピン、ソ連、韓国、カンボジア、デンマーク等の日本大使館勤務  イラク復興支援担当大使兼アフガニスタン支援担当大使等歴任  2007年 外務省退官

●はじめに  
皆さんこんにちは、小川郷太郎です。  こうして50年前に通った母校の皆さんの前でお話できるのは、本当に光栄です。  きょうは「駿河湾から世界へ、そして日本」という題でお話をします。私は小さいころ興津という町におりまして、小学校へ上がる前から、駿河湾で、夏は毎日泳いでいましたし、夕方、あるいは夜になって海を見つめたりしておりましたけれども、海を見ていると、「この駿河湾の向こうは太平洋で、世界につながっているんだな」とか、アジアの国があり、アメリカがあり、「世界って、どんなふうになっているんだろうな」などと思って、海外にあこがれを持つようになりました。海外に行くには英語の勉強をしなければいけないので、静高に入ってからも一生懸命英語の勉強をしていました。そして静高3年のときに、アメリカに1年留学する機会を得ました。ある日、ホームステイ先の家族の人たちと食事をしながら、日本のことを話している中で、広島・長崎に原爆が落とされて、あれは大変悲惨な日本の経験だったということを話したら、アメリカのお父さん、お母さん、それから兄弟から一斉に強い反論を受けました。「何を言ってるんだ、戦争を卑怯な形で仕掛けたのは日本でしょう」ということで、すごい勢いで反論されて、私もそういう事実は知っていましたけど、「いや、すごいもんだな」ということで、やはり戦争という非常に大きな問題だったということもあるんですけれども、戦争を仕掛けたほう、それからやられたほう、加害者、被害者の立場の違いというのは非常に大きいなということを強く感じました。それ以来、戦争についてもう少しよく勉強したりして、戦争というものにどう対処するか、考えました。戦争には、あらゆる悲劇や非常に不合理、不道徳な行為も出てきますから、何とか戦争をなくすのが一番大事だと思いまして、将来の自分の仕事のことを考えたとき、やっぱり戦争でなくて外交交渉で平和裏に問題を解決することが大事だろうと思い、外交官を目指したいという気になりまして外務省に入ったわけです。  
外務省に入り、いろんな国を経験しました。海外にいますと、日本のほうをふり返って見る機会が非常に多いものですから、「日本はどうあるべきか」ということも考えたりします。外国から学んだことも多くあります。そういう経験に基づいて、これからお話を進めていきたいと思います。

●AFSで留学  
私が静高時代にアメリカに留学したのは、AFS(American Field Service)という制度によってでした。これは今でも続いている制度ですが、世界的な高校生の交換留学制度なのです。受験を考えると1年間のブランクは不利だという意見もありましたが、私にとっては、アメリカという全然違う社会の中で生活したことが自分の目を非常に大きく開かれた点でとても良い経験でした。それがまた外務省、私の将来の仕事にもつながり、失われたどころか、得たものが極めて多い期間だったと思っております。

●世界から見た日本  
外務省に入りますと、日本と海外の勤務を繰り返して行ったり来たりしますけれども、40年近い外交官生活の中で23年の期間を8カ国の外国で過ごし、それによって日本を客観化して見ることができたと思います。世界から日本を見ますと、日本は大きな特色を持った大国であり、非常に多くの国から感謝され、好かれ、関心を持たれている国ということが分かります。日本は、ODA(政府開発援助)を全世界的に供与し、その相手国の立場に立ったアプローチによって開発を助け、世界中の途上国から大変感謝されています。また、経済や技術の力によって世界から尊敬され、さらには、能や歌舞伎などの古典文化から、寿司などの日本料理、マンガやポップミュージックなど幅広い生活文化で世界中の人の関心を集めています。さらに、唯一の被爆国であることから、非軍事・平和主義の外交政策によって世界から評価され、尊敬されています。これらは、日本の「国際ブランド」もいうべきもので、日本人は大いに誇りにしていいものです。
他方日本にも弱みはあります。私は、島国であることからくる日本の行動の非国際性、韓国や中国との歴史問題から生ずる軋轢を克服できないでいること、さらに、社会の大きな変化に対応できないでいる改革の遅さなどが問題だと考えます。
ちょうど3年近く前にデンマーク勤務を終え帰国しましたけれども、そこで私が強く感じましたのは、日本は、本当にいろんなレベルで視野が狭くなっていることでした。それから悲観主義がすごく蔓延しているということも感じて、若干ショックを受けました。とくに視野狭窄。視野が狭いなと思うところは、例えば政治ですね。政党が、国民のためだと言いつつ実際にやっていることは党利党略といいますか、相手の党の足を引っ張るために審議拒否をするとか、しっかりした政策も打ち出さず他党を批判ばかりしているので、物事が決まらず、社会保障などの大きな問題に日本として対応できないことです。  
それからマスコミも、最近もよく殺人事件が起きたり、また今はインフルエンザがはやったりしていますけれども、何か事件が起きますと、その事件を集中的に、あまりにも詳しく何回も何回も報道するわけですよね。世界や日本でほかに大事なことがどんどん起こり変化も激しいのですが、そういうところにはあまり注意を向けず、目の前の事件に対して不必要に大きな時間を割いて報道します。マスコミも大変な視野狭窄じゃないかなと思います。  
世界には、いろいろな大きな問題があります。例えば、私もカンボジアでつぶさに体験しましたが、貧困の凄まじさは衝撃的であり、5人に1人という世界における貧困の広さにも目を向けなければなりません。日本は年金や介護の問題が深刻ですが、私が体験したデンマークは日本にも参考になる素晴らしい制度があります。少子化やワークライフバランスが日本で問題になっていますが、フランスやデンマークには、人間の生き方に関して日本人にとっても学びうることがあります。また、私の韓国での経験から、歴史問題で近隣国と軋轢の絶えない問題についても、日本として、人間の気持ちという観点から加害者と被害者の立場についてより深く考える必要もあると考えます。

●これからの日本
これからの日本という点ですけれども、まず皆さんも含め日本人一人一人ができるだけ外に目を向けるということが大事だと思います。視野を広げて、広く日本全体や世界を見る姿勢を心がけていただきたいと思います。そうした上で、では日本はどうあるべきかということについて、自分で考えて意見を言うことに努めていく。それが日本全体の国のあり方に関する構想力をつくる力になるんだろうというふうに思います。  
私自身は、先ず、消費税を増税して安心できる社会福祉改革をする、次に、先ほど述べた日本の強みを生かして国際貢献に努める、例えば、安保理常任理事国になって日本が核廃絶や軍縮などで平和主義に基づいて世界をリードする、安保理の常任理事国になることはそうことを可能にするのです、それから日本が誇るODAや文化・技術力を使って世界に貢献することなどが重要だと考えています。
世界は強い相互依存関係にあり、アメリカを含めどの国も一国ではけして生きてはいけません。特に資源や食糧を外国に依存し、貿易依存度が高い日本にとっては外国と協力して生きていくしか道はないということを考える必要があります。農業市場の開放や外国人労働者の受け入れが日本を豊かにするという側面もあります。また、歴史問題を克服して日本が東アジア共同体構築にリーダーシップをとることも日本の生存に重要です。

●静高生に望むこと  
最後に、静高生の皆さんに私が望むことを申し上げます。まず受験勉強と人生という問題について、よく考えていただきたいと思います。今はやはり受験が大事ですから、ぜひそれに集中して頑張っていただきたいんですけれども、でもそうする中でも、決して視野狭窄にならないように人生の目標を定めて、その目標の中で今の受験生活を位置づけて考えるということが重要です。やはり日本全体のこと、世界のことに目を向けて考えていく必要があると思います。皆さん、将来自分が外国で仕事や生活をするということも視野に入れながら、日本がどうあるべきかということを考えて見てください。  
最後に、先ほど校長先生が紹介してくださった、私が昨年出した本の、「世界が終の棲み家」についてです。国語で習ったかもしれませんけれども、小林一茶が、日本の各地を遍歴して、最後に長野県の故郷に戻って、雪が深く積もった冬でしたけれども、「是がまあ つひの栖(すみか)か 雪五尺」という俳句を詠んだわけです。深い雪を見ながら、「ここが自分の最後の住まいになるのか」という感慨ですね。私自身が40年近く外交官をやってきて感じたのは、世界は面白い、学ぶことも多い、住んでみればどこの国の人とも仲良くなれる、また世界の各地を訪れて住んでみたい、やはり私にとっては「これから最期まで生きていく家は世界だ」というような感慨がありましたので、こういう題にしたわけです。そのことを別の言葉で言いかえますと、Global Citizenといいますか、やっぱり日本人も一人一人が「自分は世界全体の中の一員だ」というような意識を持つことが大事だと思いますし、それが日本の将来にとっても私は大事だと思いますので、ぜひ皆さんも、これからの道を、人生を考える上でこのことを参考にしていただきたいと思います。