小川郷太郎の「日本と世界」

 

山下泰裕氏、昨今の柔道について語る

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 ロンドン・オリンピックの後も国際柔道連盟(IJF)は次期オリンピックに向けて新しい規則を定めるなど、柔道は様々な展開を見せている。日本国内では、全日本柔道連盟女子監督の園田隆二氏の選手に対する暴力事件が発覚し辞任に追い込まれるなど、波乱を見せている。ロサンゼルス・オリンピック柔道無差別級優勝の山下泰裕先生(東海大学副学長)に最近の国内外の柔道の諸問題について語ってもらった。
(収録は2013年2月1日。文責 小川郷太郎 小見出しは筆者が付けたもの)

審判委員(ジュリー)の問題
(小川) オリンピック後の柔道には様々な変化や発展がある。内外の現状をどう見ているか。
(山下) ロンドンでの試合で最も大きな問題と感じたのは審判委員(ジュリー)の行動であった。ビデオを見ているジュリーが頻繁に畳の上の審判員に干渉や指示をしたが、これは選手、指導者、審判員、観客などすべての人に不評だった。オリンピックの審判員は選ばれたファーストクラスの人たちだが、ジュリーがこれら審判員の権威を奪い、大事な試合をしばしば中断した罪は大きい。畳の上での選手の動きのはずみや勢いは極めて重要な要素だが、ビデオではこれらは見えないので一本か技有りか有効かなどを判断しにくい。ジュリーはそのことを分っていない。注目されて多くの人がハラハラ見守っている試合を途中で止めて興ざめを起こす権利は彼らにはないはずだ。また、今回のオリンピックでは見られなかったが、過去の試合では、ジュリーが自分の国の選手に有利になるように試合の判定を捻じ曲げる例すらあった。ジュリーはそういう問題点をよく認識して行動すべきだ。

組まない試合は面白くない
(山下)  ロンドンでのもう一つの問題は組み合わないことだった。とくに前半の軽量級では組まない試合が多く、見ていてこれほどつまらないことはない。後半の重量級では組んで戦う選手が多かったので一本も増え盛り上がった。組んで戦う方式をさらに工夫したり、組ませるように審判がもっと指導すべきだと思う。
(小川) IJFはルールを改正し組ませるように新しいルールを作ったが、まだ不十分で、もっと工夫の余地があると思う。ただ、組ませようとて、組まない選手に対し短時間に頻繁に指導を与えると選手は急ぎ過ぎて結局中途半端な組手になる恐れもあるのではないか。ある程度じっくり組ませる工夫が必要だと思う。
(山下) しっかり組んでダイナミックな試合を展開できるような方式をもっと考えるべきだ。
   
新しいIJFルールと柔道の課題
(小川) IJFの新しいルールには改善点もあるが、扱っている項目が部分的であるように思える。柔道には重要で幅広い他の課題もある。例えば、頻繁過ぎる世界選手権やランキング制度が選手に過大な負担を与えている問題など国際試合の運営のあり方を見直すことは重要だ。また、今回の改定は柔道をより魅力的にものにするためと説明されているが、この観点から私はかねてより、現在の体重別の7つの階級は多すぎると考えている。各階級の体重の幅を拡大し「小よく大を制す」柔道の面白さを発揮できるよう改善すべきである。礼節についても、新しいルールでは試合の開始の際の礼の仕方を改善しているが、それ以上に問題である試合後の礼儀については触れていない。派手なガッツポーズや負けて畳に仰向けに寝そべる姿は見苦しい。それを是正させるべきだ。
(山下)体重別階級を減らすことも良いと思う。1階級10キロか10キロ未満の現在の階級制を見直して1階級の体重差を緩やかに拡大してよい。階級数が減るので団体戦を加えることで補うことも考えられる。試合後相手に対する敬意が守られていない場合が多い現状は不満だ。礼節を守れない選手がいたらコーチボックスにいるその選手のコーチを注意することも一案だろう。礼節を守らせることに審判員が一層リーダーシップをとるべきだ。柔道をする者はどういう状態でも冷静さを保ち自分を見失わないよう訓練することが重要である。勝って派手なガッツポーズをしたり、負けて寝そべっているのは、自分を見失っていることに他ならない。勝っても負けても相手に対する敬意を払うのは柔道の根幹である。日本選手にもそれが疎かになっている例も見られる。
(小川)抑込みの時間を短縮したことで、寝技の練習意欲を高める効果があるという見方もあるが、詰めの甘い抑込みでもポイントを稼げることや最後まで逃げようとする努力を弱めることにもなりかねず、問題だと思う。
(山下)外国選手は抑え込まれると短時間であきらめてしまう傾向もあり、そういう観点から見ると致し方ないと考えることもできる。

選手と監督の信頼感が欠如している日本柔道
(小川)  今回明るみに出た園田監督による女子選手への暴力、パワハラ事件を契機に、日本柔道界にも変化が起こることを期待している。
(山下) この事件は、代表選手と監督の間の信頼関係がないことを物語っている。本来男子も女子も思いをひとつ、心をひとつにして、チーム・ジャパンとして精進すべきであるが、そういう体制でないことも明らかになった。これまで日本の柔道界には事なかれ主義や身内に甘い体質があった。世間の常識と著しく離れていることも指摘される。起きたことについては、これまで指導的立場にもあった自分にも責任の一端はある。今回の事件で日本柔道が受けたダメージは極めて大きいきいが、日本柔道界はこれを契機に開かれたものになってほしい。

柔道は人間形成、より良い社会をつくるためにある
(山下) 開かれた柔道界。そこに集う人たちが人間形成、より良い社会をつくるために励むものとして柔道を学ぶ。柔道はそういうものとして存在する。それが嘉納治五郎師範の精神であるが、この精神から逸脱をした行動をとるものが我が柔道界の中枢に何人かいることも否めない。是非嘉納師範の原点に帰るための講道館長の一層のリーダーシップを期待したい。

指導者は自分を磨け
(山下) 今回の事件について、試合に勝つことへのプレッシャーが問題を起こしたとの指摘があり、一面当たっているかもしれない。しかし、桜宮高校バスケットボール部主将の自殺事件など一連の体罰事件もそうだが、目先の結果を求めるあまり、スポーツを通じた人間形成という目的を忘れていることが原因でもある。私がいつも強調しているのは、世界の頂点を目指すことと人間の成長を図ることとは全く矛盾しないことである。私が全日本の監督を務めていたとき目指したのは、最強の選手ではなく、最高の選手を育てることであった。そのためには、我々指導者が自分を磨くことが重要である。暴力を使ってしまう指導者は熱意はあっても自分を磨く努力が欠けているのだ。指導者は常に自分を磨き成長することを忘れてはならない。