小川郷太郎の「日本と世界」

 

三井住友海上女子柔道部柳澤監督久監督に聞く
女子選手活躍の舞台裏

リオ・オリンピックが近づいてきた。重量級を中心に一時不振に悩んでいた男子も最近復活しつつあるが、女子選手はここ数年間オリンピックを含む主要な国際大会で安定的に実績を出してきた。私見であるが、日本の女子選手は総じて足技や寝技がうまい。それが好成績に繋がっていると見ることができる。
日本女子柔道界の優秀選手についてみると、実業界ではこれまで三井住友海上火災とコマツが双璧として競い合っている。今般、三井住友海上の柳澤久監督に指導方法などを聞いてみた。
柳澤監督は、全日本女子柔道チームのコーチや監督として当初から女子選手強化に貢献した。1989年には三井住友海上女子柔道部創立に関わり、今日まで同部監督を務めているが、これまで恵本裕子(アトランタ・オリンピックで日本女子柔道選手初の金メダル獲得)、上野雅恵(シドニー、北京でオリンピック連覇)、上野順恵(ロンドン・オリンピック銅メダル、世界選手権優勝2回)、中村美里(北京オリンピック銅メダル、世界選手権優勝4回)、近藤亜美(世界選手権優勝)など、幾多の優秀選手を育ててきた。昨年12月の東京グランドスラムでは同社から4人(近藤亜美、中村美里、新井千鶴、稲森奈見)の選手が出場し、全員が優勝するという快挙を達成した。
筆者は時々同社の世田谷道場を訪れ柳澤監督と懇談しているが、指導方法には教育者としての揺るぎない哲学を見ることができる。
(収録は2016年1月、文責は小川郷太郎)

 

指導の基本原則:選手による自立、自己管理が重要
(昨年12月のグランドスラム東京では三井住友海上の選手が素晴らしい成績を収め、おめでとうございます。これまでも多数の名選手を育ててこられましたが、監督の指導の基本的原則は何ですか。)
ウチの選手は自分たちのすべきことをよくわかっている。以前には怪我をした選手が試合前の練習が不足したこともあったが、今は選手各自が自分で怪我をしないように注意して試合までに最良のコンディションに持っていけるようになっている。怪我の治り具合によって自己の判断で練習を調整させる。
(自己管理とういうことですね)
そうだ。自己管理を身につけさせている。基本的には試合の6週間前から準備をし、最初の3週間は怪我をしないような体造りのトレーニングに重点を置き、後半の3週間は試合を想定した乱取中心だが、最後は自分の特徴に応じた練習に努める。また、コーチも各選手をよく見ているので、個々の選手と話して弱点をなくすことに意を用いて指導している。今回のグランドスラム前も練習量を特別増やしたことはなく、自分たちのペースでしっかり準備ができた。中村や近藤は世界選手権後試合はしていなかったが、自信を持って臨むことができた。
また、試合には勝たねばならないが、女子選手であるから今後の生活や将来の結婚のことも考えなければならず、制約はある。柔道しかできないということでは困る。選手生活後に自律的に行動できるように勉強もさせたり、知識を身に付けることも奨励している。先般、阿部(香菜)が結婚のため現役をやめる決断をした。成績やランキングも上昇していたのでやめるのはもったいないが、本人の将来のため、やむを得ないと思った。
もうひとつ重点を置いていることがある。講道館柔道の良さは足技にある。嘉納師範の足技はとてもよく効いていた。有効や技有ではなく一本をとることは重要であるが、相手を崩し次の技に繋げるために足技は有効であり、重視している。技はいろいろ教える。選手の練習を見て、「今のは良かった」とか「それをもっとかけろ」などとは言うが、得意技は自分に合ったものを本人に選択させて、自分は指定しない。
(細かいところの指導はどう行ってるのですか)ウチの選手は目標が高いので自ら厳しく高いレベルを求めて頑張ることができる。自分で考えさせるようにも仕向けているが、かなりそれができるようになっている。

選手の補充:本人の意思を評価する
(実業団の間での競争は厳しいものの三井住友海上チームでは若い有望な選手が順次上がってきていますが、優秀選手をどうやって発掘しているのですか。すでに優秀選手が多数輩出したので、若手がこのチームを目指してくるのかもしれませんね)
中学や高校の大会もよく見るが、選手を引っ張るわけではない。当道場(注:三井住友海上世田谷道場)では外部の学校に合宿や講習会の案内も出すが、個人で自発的に練習に来ることもある。本人が来たいというものを受け容れるが、誰でも取るわけではない。論文を書かせて何を目指すのかなど本人の意志を評価して確かめる。中村美里は、最初のころから先生に伴われず一人で練習に来たこともある。意思がはっきりしていた。柔道の才能はわからなかったがそれ以外の身体能力もあった。

最近の国際試合:試合時間を5分に戻すべし、礼節を守れ
(最近の国際試合のルールや運営方法などについて、監督としてどんなことを感じられますか)
まず指摘したいことに、女子の試合を5分から4分に短縮したことの問題がある。4分になって選手たちはそれに対応はしているが、試合内容がガチャガチャとしたつまらないものになって来た。自分は4分制が導入された2014年前後の世界選手権の女子の試合結果の統計を取ってみたが、一本で決まった割合は4分に移行してから減少した。データを見てほしい(2013年の62%から2014年は48%、2015年は52%)。短くなった試合時間で勝つために攻めなければならず、また、すぐ指導が来るので小さな技を掛けて有効を取ると逃げ切ろうとする。しっかり構えて組んで一本をとろうとする柔道本来のダイナミックさが減って、柔道が小さくなった。有効や指導の差で決まった試合の割合が逆に増えた(13年の15%から14年の27%、15年は20%)。女子の場合、カデやジュニアの試合が4分だから、シニアも4分というのは理がない。シニア4分が定着するのは好ましくないので、リオ・オリンピック後には5分に戻すべきだ。その際数字を出して議論すべきである。
試合を見ていて感じることは他にもある。審判がしばしば副審や審判員の指示で判断を取り消したり変更したりするが、その際発声しないでジェスチュアだけで変更することがあり、その場合選手にはわからない。選手に伝わる明確な変更の表示が必要である。また、足取りや足に触ったとの理由で反則負けになるが、微妙な動きで分からないことが多い。コーチにはビデオを見せたりするが、観客には見えない。観客にも説明が必要であろう。
最後に、礼節のことに触れたい。アスタナの世界選手権では見るに堪えない事例をいくつか見た。判定に不満で抗議をしたり畳を去ろうとしない選手とか、試合後上半身裸で場内を歩く選手などだ。柔道を学ぶ子供たちを含め皆が見ているのだ。柔道に礼節が欠ければ教育的価値のない単なる野蛮な格闘技に堕してしまう。罰則の強化や指導者の再教育を考えることが必要だ。